鯨船 南納屋町・明神丸(くじらぶね みなみなやちょう・みょうじんまる)

「鯨船」は、漁師町であった南納屋町が、鯨漁の勇壮な光景を取り入れて、諏訪神社の例祭・四日市祭の余興に考案したのが始まり。

今から230年ほど前は「鯨つき」と記録されており、竹製の粗末な船で周囲に幕をたらした簡素なものだった。

現在の鯨船「明神丸」の旗印は、つづれの錦であり、今日ではまれに見る高貴な織物である。

戦前の四日市祭では、北納屋町、東袋町にもあったが、昭和20年の戦災で焼失し、今の南納屋町の「明神丸」ただひとつ残っている。

演技は、絢爛豪華な鯨船に乗り込んで鯨を追う技を、前進、後退、あるいは左右に変化しながら動き、船の上の艶やかな少年たちとあいまって豪華で勇壮な一大絵巻をみせる。

また、情緒ある舟歌が演技に趣きを添える。

(県指定有形民俗文化財)

☆解説文監修:四日市市の祭りを学ぼう会

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